1974年の航空写真。備前田井駅側の果てです。当時の宇野駅は四国へのアクセスの要所として広大な敷地を擁していました。
上写真の踏切の場所から撮影。広い道路となっています。
1974年の航空写真。玉野市営電鉄や陸軍省引込線が分岐していた辺りです。
上写真右の貨物が並んでいる場所を跨線橋の上から撮影。専門学校の敷地になっています。
1974年の航空写真。当時の駅舎やバースの様子。現在の宇野駅は10メートルほど北に建てられています。
上写真で宇高連絡線が停泊している第二バース跡です。
説明板。手書きで味がありました。
航空写真の三角形に突き出た場所。昭和36年まで使用された宇高丸という旧式船の専用バース。岸壁や可動橋の鉄筋が残っています。
近代化産業遺産だそうです。この辺りは見所満載なのに結構無造作な感じで放置されています。
1974年の航空写真。タンクの様なものが見える工場と貨物ヤードの様子。
貨物ヤードは広大な荒地となったままです。
工場の入口であったと思われる場所。なんの工場だったのでしょう?出来たばかりと思われるフットサル場が出来ています。
1974年の航空写真。瀬戸内海側の先端部の果ての様子。
おそらくこの道路沿いにホームが有り、トイレが見える辺りに宇高連絡線が停泊していたのではないでしょうか。
貨物船が停泊している側。この大掛りな施設を見ていくとかつての宇野線の重要性が伝わってきます。